事業承継税制(5)~新しい事業承継税制
前回は、事業承継税制で納税猶予の適用ができる会社形態について述べた。新事業承継税制では、経営環境の悪化等にともない特例認定承継会社の株式を譲渡する場合に、その納税猶予税額を免除するなどの救済措置に関する改正がなされている。その適用要件と免除額の拡大について考えてみたい。
譲渡、合併対価が相続税評価額の50%以上
税制改正大綱は、納税の免除に関する改正内容について、次のように述べていた。
経営環境の変化を示す一定の要件を満たす場合において、特例承継期間経過後に、特例認定承継会社の非上場株式の譲渡をするとき、特例認定承継会社が合併により消滅するとき、特例認定承継会社が解散をするとき等には、次のとおり納税猶予税額を免除する。
イ 特例認定承継会社に係る非上場株式の譲渡若しくは合併の対価の額(当該譲渡又は合併の時の相続税評価額の50%に相当する額を下限とする。)又は解散の時における特例認定承継会社の非上場株式の相続税評価額を基に再計算した贈与税額等と譲渡等の前5年間に特例後継者及びその同族関係者に対して支払われた配当及び過大役員給与等に相当する額(以下「直前配当等の額」という。)との合計額(合併の対価として交付された吸収合併存続会社等の株式の価額に対応する贈与税額等を除いた額とし、当初の納税猶予税額を上限とする。)を納付することとし、当該再計算した贈与税額等と直前配当等の額との合計額が当初の納税猶予税額を下回る場合には、その差額を免除する。
上記イの納税の免除額の計算を具体的例で示した方がわかりやすいであろう。
【具体例】 特例後継者の納税猶予株数1万株で、贈与時の評価額1株1万円とし、その贈与税評価額は、1億円で、その贈与税額は5千万円と仮定し、その贈与税額が納税猶予されたとする。そこで、経営環境の悪化で、合併が以下の条件でおこなわれた。
合併時の株価(相続税評価額)が1株6千円を合併時の時価として、合併存続会社から合併の対価として、合併会社の株式1千株、その時価1株5万円と合併交付金1千万円を受け取った。合併の対価の対象となる被合併法人の株式はすべて納税猶予の対象と仮定。
その場合の納税猶予に関する免除額と納付額はいくらになるのか。
- 合併の対価が相続税評価額の50%超かどうかの判定:
合併時の相続税評価額:1万株×6千円=6千万円×50%=3千万円<合併の対価6千万円
よって、合併の対価が相続税評価額の50%超 合併対価=6千万円 - 合併時の相続税評価額による贈与株式の再計算贈与税額
合併時の贈与株式の相続税評価額一株6千円×1万株=6千万
贈与税の再計算:課税価額6千万円の贈与税額は、2840万円となる。 - 合併存続会社からの交付株式の時価:1千株×交付一株時価5万円=5千万円
合併存続会社からの合併対価:交付株時価5千万円+合併交付金1千万円=6千万円
合併交付株式に対応する贈与税額:2840万(再計算贈与税)×5千万(交付株式時価)÷6千万(合併交付対価時価)=2366万円 - 納税猶予取消に伴う納付額:合併交付金 1千万円
納税猶予免除額の計算:当初納税猶予額5千万円-合併交付金1千万円=4千万円
合併時の再計算贈与税額2840万円<修正納税猶予額4千万円
合併交付金に対応する贈与税額:再計算贈与税額2840万円-合併交付株式対応贈与税額2366万円=474万円
よって、納税猶予取消納付額:1千万円+474万円=1474万円 - 納税猶予免除額 5千万円-1474万円=3526万円
譲渡、合併対価が相続税評価額の50%未満
次のロのケースはイのケースと異なり、譲渡等の対価が譲渡時の納税猶予株式が50%未満の納税猶予税額の再猶予されるケースとなる。
税制改正大綱は、次のように続けている。
ロ 特例認定承継会社の非上場株式の譲渡をする場合又は特例認定承継会社が合併により消滅する場合(当該譲渡又は合併の対価の額が当該譲渡又は合併の時の相続税評価額の50%に相当する額を下回る場合に限る。)において、下記ハの適用を受けようとするときには、上記イの再計算した贈与税額等と直前配当等の額との合計額については、担保の提供を条件に、上記イにかかわらず、その納税を猶予する。
【具体例】 特例後継者の納税猶予株数1万株で、贈与時評価額1株1万円とし、その贈与税額を5千万円と仮定し、納税猶予していたとする。
合併時の株価(相続税評価額)が1株6千円とし、合併の対価として、合併交付株式1株時価5万円×400株=2千万円を受け取った場合の免除額と納付額の計算
合併時の相続税評価額 1万×6千円=6千万円×50%=3千万円>合併の対価2千万円
よって 合併対価=2千万円
再計算贈与税額 6千万の贈与税額を2840万円
担保提供額 合併対価 2千万円
新納税猶予税額: 再計算贈与税額2840万円
事業継続と50%雇用維持に伴う納税猶予税額の免除
税制改正大綱は、上記ロのケースのうち、事業継続と50%の雇用維持を条件に納税猶予税額の免除ができることとしている。
税制改正大綱は、さらに次のように述べている。
ハ 上記ロの場合において、上記ロの譲渡又は合併後2年を経過する日において、譲渡後の特例認定承継会社又は吸収合併存続会社等の事業が継続しており、かつ、これらの会社において特例認定承継会社の譲渡又は合併時の従業員の半数以上の者が雇用されているときには、実際の譲渡又は合併の対価の額を基に再々計算した贈与税額等と直前配当等の額との合計額(合併の対価として交付された吸収合併存続会社等の株式の価額に対応する贈与税額等を除く。)を納付することとし、当該再々計算した贈与税額等と直前配当等の額との合計額が上記ロにより納税が猶予されている額を下回る場合には、その差額を免除する。
【具体例】 特例後継者の納税猶予株数1万株で、贈与時評価額1株1万円とし、その贈与税額を5千万円と仮定し、納税猶予したとする。イ、ロと同様、合併の条件は以下の通り。
合併条件:合併時の株価(相続税評価額)が1株6千円とし、合併の対価として、合併交付株式時価2000万円相当を受取り、合併存続会社が事業継続と雇用維持がされる場合の免除額と納付額の計算
合併時の相続税評価額 1万×6千円=6千万円×50%=3千万円>合併の対価2千万円 よって 合併対価=2千万円
再々計算贈与税額:合併の対価2千万の贈与税額を695万円
納付税額 695万円
免除額 再々計算贈与税額695万円<ロの新納税猶予税額 再計算贈与税額2840万円
よって、2840万円-695万円=2145万円
経営環境の変化を示す一定の要件
なお、「経営環境の変化を示す一定の要件を満たす場合」の要件は、赤字経営や前年対比売上減少が3年間のうち2年間あるなど、経営の継続中に、いつでも起こりうるケースが示されている。これらの要件に該当する場合に、特例株式を後継者が、特例承継期間経過後(申告期限の翌日から5年経過日)譲渡したり、合併をしたりして、納税猶予の対象となる株式を手放さざるを得ない場合に、その猶予税額が免除されるので、幅広い条件であるほど、納税猶予税額の免除のケースが多くなろう。
従来の納税猶予制度では、経営承継期間経過後の取消事由が定められているが、新事業承継税制は、猶予税額の納付が軽減されるものであり、納税猶予を適用する納税者にとって有用な措置であるといえよう。
この記事の執筆者
粕谷 幸男
1973年(昭和48年) 税理士登録
1978年(昭和53年) 税理士事務所独立開業
2002年(平成14年)~横浜商科大学非常勤講師(税務会計)
東京税理士会理事、常務理事、日本税理士会連合会理事の他、全国青年税理士連盟、東京税理士会データ通信共同組合等、多くの税理士団体の理事を歴任。東京保険医協会からの依頼を受け、保険医サポートセンターで医師からの税務相談も受ける。
2002年「税理士法人の実務(共著 新日本法規出版)」、「税務行政の改革(共著 けい草書房)」
2004年「租税原理から税制改革を検証(共著 法律文化社)」
2005年「税務援助と税理士法(横浜商科大学 地産研広報)」他、多数執筆。