事業承継税制(6)~新しい事業承継税制
前回は、景気悪化に伴う納税猶予適用株式の譲渡があった場合の納税猶予額の軽減措置等が導入されたことについて述べた。ところで、顧問先会社を訪問し、新事業承継税制の話題に移りこの制度内容を案内すると、経営者等は大変興味を示し、是非、適用できるようにしてくれないかという要望がある。しかし、顧問先会社によっては、遺留分対策が問題となるとか、資産保有型会社に該当するためどうしたらその適用ができるのか等それぞれの課題があり、それを解決するために真剣に質問してくる。その対処策を考えるにあたって、税法には、租税回避行為否認の定めがあるので、リスク回避のためにまず租税回避規定について検討しておきたい。
租税回避行為の防止規定
租税特別措置法70条の7第14項の「同族会社等の行為又は計算の否認等」の規定は、この現行の事業承継税制創設の際、その改正要綱で「個人資産の管理等を行う法人の利用等による租税回避行為を防止する措置を講ずるほか、その他所要の措置を講ずる」趣旨で定められた。この行為計算の否認規定は、相続税法64条1項が引用され、非上場株式等の相続税、贈与税に関するそれぞれの納税猶予制度について、この70条の7第14項の条文が引用されている。
事業承継税制および新事業承継税制は、中小会社の支配株主等の株式を承継受贈者あるいは相続人、特例承継受贈者あるいは相続人等への贈与税、相続税を、納税猶予制度を利用して大幅な軽減ないし実質免税をする制度として創設された。この制度は、租税特別措置法によって贈与税、相続税を減税する政策税制である。もちろん、中小会社の事業承継を通して、雇用の維持、会社業務の継続性が我が国経済の活性化、成長に寄与することを目指した政策である。相続税、贈与税の税収は減少しても、雇用から発生する所得税等、社会保険料等の負担を確保し、また、法人税、消費税等の企業活動に伴う税収が確保されることをめざすものであると考えられる。
資産保有型会社等の適用除外
特定資産額等が総資産帳簿価額の70%以上の会社、特定資産の運用収入が総収入の75%以上の会社を資産保有型会社ないし資産運用型会社に該当し、これらの会社が事業承継税制を適用しようとしても、一定の除外要件を超えない限り、適用できない。つまり資産保有型会社の適用除外措置は、「個人資産の管理等を行う法人の利用等」の利用制限措置と考えられる。そして、この事業承継税制では、5人以上の従業員要件、事務所等保有要件、3年以上の事業継続要件の3要件を満たしさえすれば、資産保有型会社であっても事業承継税制を適用させるとしている。この税制は、お金持ち会社である資産保有型会社等は一定の条件をクリアしていれば、相続税、贈与税の軽減、実質免税措置を受けられることを許容している。
資産保有型会社が3要件を充足する行為は租税回避行為か
例えば、従業員要件等の要件をクリアするために、先代経営者の個人金融資産を事業承継会社に出資し、その資金で人件費コストを賄うことは、先代経営者の個人資産が会社に移転するが人件費等の支出に充てられるのであるから、先代経営者の相続税等を不当に減少させたものとはならないと解してよいのではなかろうか。事業承継税制には、多くの適用要件が課されているが、それをクリアするための工夫は租税回避行為には該当しないものと考える。
しかし、もし、資産保有型会社でなく一般の事業会社であった場合に、その出資の目的が事業資産の取得ではなく、例えば、上場会社の有価証券等の金融資産、保険積立金等の特定資産に充てる結果となる増資である場合には、個人の金融資産が会社の金融資産等に転嫁して、株式等の承継を通して相続税、贈与税の負担が軽減される結果となる。この行為は、租税回避行為の防止規定の引用先である相続税法64条4項では、「合併、分割、現物出資若しくは事後設立若しくは株式移転」等の組織再編行為には該当しないと考えられるが、俗にいうグレーゾーンに入るとしても、増資目的が将来の事業展開の目的等具体的な事業計画が備わっている場合には、租税回避行為とはいえないであろう。
もし、増資をして、会社が取得するのが金融資産でなく、収益を生む事業用財産を取得した場合はどうであろうか。例えば、航空機を購入しリース事業で収益を得て、金融資産に転嫁することは、先ほどのケースのグレーゾーンの範疇の外と考えられるが、結果として、事業を通して金融資産の増加がもたらされる。
旧法人税基本通達355条の行為計算の類型
先代経営者の個人資産の事業承継適用会社への財産移転が行われる行為に関し、廃止された旧法人税法基本通達に行為計算否認規定に抵触する可能性のある類型を例示していたので、それを参考にして、行為計算の否認規定を考えてみよう。「所有資産の低価譲渡、個人的地位に基づく寄付金、無収益資産の譲受、用益贈与、不良債権の肩代わり」など11の行為がある。
所有資産の適用会社への低価譲渡は、みなし譲渡で所得課税の時価譲渡が実現し、課税の不公平は是正されるが、会社に個人資産が移転すれば相続税の課税対象が失われ、相続税が減少することとなる。また、寄付や債務免除も同じであるが、会社経営が悪化しているときは、そこには合理的な理由があるが、そうでない場合には、先代経営者の相続税が減少する。
租税回避行為かどうかの関門
新事業承継税制では、事業承継計画の確認申請をすることとされている。当然、事業の将来見通しを記載することとなる。そこでは、適用会社の事業計画等で資金計画や資金調達計画に関連し、「寄付、債務免除、現物出資、事後設立等」の租税回避行為の類似行為について記述することになる。そこに、合理的な理由があれば、租税回避行為に類似したものであっても、政府機関が承認した計画であるので、自信をもって、租税回避行為に該当しない旨の主張ができるのではないか。
貯蓄から事業用資産へ
政府は、個人の貯蓄を証券市場へと、NISA口座を導入し誘導してきた。上場企業は、個人の金融資産が会社への投資資金に向かっても、あふれる内部留保を膨らませるだけで、事業拡張等の新事業に投資され経済活性化に大きく寄与しているといえないのではないか。
そうした折、大盤振る舞いの新事業承継税制が創設され、先代経営者の会社株式の承継にあたっては、相続税、贈与税を実質的に免税とする政策が導入された。個人の所有する金融資産を会社の事業用資産に転嫁すれば、本来、個人の金融資産のままで保有していれば相続税が課税されたものが、会社資産に置き換わりその承継株式には相続税が課税されないとする税制が存在する以上、一定の富裕層や資産家は、金融資産から会社事業用資産へのシフトが起こらないとも限らない。相続税が大衆課税といわれだし、大衆はこの税制を使用しての相続税の節税はできないが、富裕層にはその道が用意されている。
会社を設立して、免税タイプのこの税制を適用するためには、限定的な時間しか用意されていないが、旧型の事業承継税制であれば、恒久的に使用できる。そのため、この税制は貧富の格差を拡大する税制だとしても、改正がなされた現在、ローリスク、ローリターンの事業であれば、証券投資に代わるものとして、雇用を生み出し、大衆への所得移転に寄与できる税制として利用できるのではなかろうか。(完)
この記事の執筆者
粕谷 幸男
1973年(昭和48年) 税理士登録
1978年(昭和53年) 税理士事務所独立開業
2002年(平成14年)~横浜商科大学非常勤講師(税務会計)
東京税理士会理事、常務理事、日本税理士会連合会理事の他、全国青年税理士連盟、東京税理士会データ通信共同組合等、多くの税理士団体の理事を歴任。東京保険医協会からの依頼を受け、保険医サポートセンターで医師からの税務相談も受ける。
2002年「税理士法人の実務(共著 新日本法規出版)」、「税務行政の改革(共著 けい草書房)」
2004年「租税原理から税制改革を検証(共著 法律文化社)」
2005年「税務援助と税理士法(横浜商科大学 地産研広報)」他、多数執筆。