事業承継税制(2)~新しい事業承継税制

 前回は、事業承継税制に関連しての「税理士剥がし」の問題について述べたが、今回からは、いよいよ新事業承継税制の内容について紹介し解説する。まず、新しい事業承継税制の全体像を示しておきたい。

  • 今後5年以内に「承継計画」を提出し、10年以内に実際に承継を行うことを前提に、本年1月1日以降の贈与・相続が対象となる
    • 後継者が売却・廃業を行った時点の株価で計算し、減免可能に
    • 対象株式数の上限を撤廃し、納税猶予割合を100%に
    • 「雇用平均8割」の条件を満たせなかった場合でも猶予の継続可能に
    • 複数の株主から複数の後継者への事業承継も対象とする

(出典:「平成30年の通常国会に提出された新事業承継税制に関する改正案」から抜粋)

 平成30年の通常国会に提出された新事業承継税制に関する改正案は、税制改正一括法案として2月28日に衆議院を通過している。法案によれば、現行の事業承継税制は恒久的な制度であり、新事業承継税制は期間限定の時限的な特例制度である。平成30年から令和9年の非上場会社株式の贈与等について、その認定の時期にもよるが、現行の恒久事業承継税制を適用するのか時限的な新事業承継税制を適用するかは、納税者の選択に委ねられている。新事業承継税制は、いわゆる経営承継円滑化法によって、遺留分に関する民法の特例、事業承継時の金融支援措置により、地域経済と雇用を支える中小企業の事業活動の継続を支える施策との組み合わせにより構成されている。

民法特例と金融支援措置

 「特例認定承継会社」の株式を代表者から「特例後継者」へ贈与を行い事業承継がされても、代表者の死亡に伴う相続時に、その贈与株式等が遺留分の減殺請求の対象として相続人から請求され贈与株式が分散されかねない事態が起こる可能性がある。そこで、その会社経営に影響する株式分散を未然に防ぐため、贈与株式等を遺留分の対象から除外する合意制度と、株式承継後、特例後継者が経営努力して会社の業績向上の成果として株価評価額を承継時から増加させた部分を遺留分請求の対象外とする、株価評価額の固定合意制度が経営承継円滑化法に民法の特例として用意された。また、この新事業承継税制の適用を受けた会社の事業承継に伴う資金需要に応えるべく、日本政策金融公庫等の融資制度も用意された。

 特例後継者の受贈株式分散を防止するための遺留分対策としての除外合意と固定合意について、相続開始前に、代表者は事前準備すべきであるが、この遺留分対策については事業承継計画の認定に必要な要件ではない。承継者である代表者の死亡により相続が発生したときに、相続争いが生じ、受贈株式が遺留分減殺請求で分散してしまえば、会社の経営意思決定の過程に相続人間の争いを持ち込むことになり、今後の経営の運営に大きな禍根を残すこととなろう。また、さらに、後継者がこの承継株式を譲渡することとなると納税猶予額の納税という事態を招来しかねないこととなる。そのため、遺留分対策のために、この除外合意ないし固定合意を事前に取り付けておく必要がある。

贈与税の納税猶予手続の改正案との比較

(1)恒久事業承継税制の場合

  1. 先代経営者が後継者に贈与をする。
  2. 贈与年の10月15日から翌年1月15日までの間に都道府県に認定申請する。審査後、認定書が交付される。
  3. 贈与年の翌年3月15日までに贈与税の申告、贈与税の納税猶予、担保提供する。納税猶予には、認定書等の添付が必要である。
  4. 贈与税の申告期限の翌日から5年間(経営承継期間)
    a.毎年6月15日までに、都道府県に「年次報告書」を提出する。
    b.毎年8月15日までに、税務署に「継続届出書」を提出する。この継続届出書には、年次報告書の確認書等の添付が必要である。
  5. 経営承継期間経過後、納税猶予の期限確定まで
    3年毎の6月15日までに、税務署に「継続届出書」を提出し、引き続き納税猶予の特例を受けたい旨などを届け出る。

(2)新事業承継税制の場合

  1. 平成30年4月1日から令和5年3月31日までの間、特例承継計画を都道府県知事に提出し、認定を受ける。その間に贈与がある場合は、現行と同様に認定書の添付が要件とされるので、贈与税の申告期限前までに認定書の交付を受ける必要がある。
  2. 平成30年1月から令和9年12月までに、特例認定贈与承継会社の非上場株式等を特例経営承継受贈者に贈与する。
  3. 令和10年3月15日がこの適用を受けるための贈与の最終の贈与税申告期限となる。贈与税の納税猶予、担保提供をする。認定書等の書類が義務付けられている。
  4. 現行の経営承継期間以降の「年次報告書」「継続届出書」の提出等の手続きは同様と考えられる。

相続の納税猶予手続の改正案との比較

(1)恒久事業承継税制の場合

  1. 先代から後継者へ非上場株式の相続又は遺贈がされる。
  2. 相続発生後5ヶ月を経過する日の翌日から8ヶ月を経過する日までの間に都道府県知事に認定申請する。審査後、認定書の交付がされる。
  3. 相続開始後10ヶ月以内に相続税の申告、相続税の納税猶予、担保提供をする。納税猶予には、認定書等の添付が必要。
  4. 相続税の申告期限の翌日から5年間(経営承継期間)
    相続税の申告期限翌日から1年を経過する日の3か月以内に、都道府県に「年次報告書」を提出する。この該当日である提出期限に毎年(5年間)「年次報告書」を提出する。
  5. 相続税の申告期限翌日から1年を経過する日の5か月以内に、税務署には「継続届出書」を提出する。「年次報告書」の確認書等の添付が必要。
  6. 経営承継期間経過後、納税猶予の期限確定まで
    3年毎の「継続届出書」提出期限の日までに、税務署に「継続届出書」を提出しなければならず、引き続き納税猶予の特例を受けたい旨などを届け出る。

(2)新事業承継税制の場合

  1. 平成30年4月1日から令和5年3月31日までの間、特例承継計画を都道府県知事に提出し、認定を受ける。その間に相続がある場合は、現行と同様に認定書の添付が要件とされるので、相続税の申告期限前までに認定書の交付を受ける必要がある。
  2. 平成30年1月から令和9年12月までに、特例認定承継会社の非上場株式等を特例被相続人から相続又は遺贈で取得し、特例経営承継特例期間の末日までに相続税の期限内申告が到来する相続又は遺贈が対象となる。
  3. 令和9年12月31日に相続があった場合の相続税の申告期限は、令和10年10月30日となる。特例経営承継特例期間は、相続税申告期限の翌日から5年間であるので、その期間内の相続に該当するので、この税制の適用のある相続である。相続税の申告と同時に、その納税猶予、担保提供をする。認定書等の書類が義務付けられているため、申告期限内に認定書の交付を受けておく必要がある。
  4. 現行の経営承継期間以降の「年次報告書」「継続届出書」の提出等の手続きは、新事業承継税制でも同様と考えられる。

報告書・届出書の提出期限の徒過

 贈与税、相続税の届出書に添付する都道府県知事への年次報告書の確認書等について、その期限までに提出されなかった場合には、都道府県知事が提出期限内に提出されなかったことについて提出者の責めに帰すことができないやむを得ない事情があると認めるときは、その事情がやんだ後遅滞なくその申請書およびその事情の詳細を記載した書類が提出されたときは、その報告書が期限内に提出されたものとみなされる。

 税務署への納税猶予に関する届出書の提出期限の徒過に関する宥恕規定(租税特別措置法70条の7第26項)があり、税務署長がその届出期限内に継続届出書の提出がなかったことについてやむを得ない事情があると認められるとき、その提出により納税猶予が継続されるが、宥恕規定があるからといって救済されるとは限らないので、実務上は、届出書の提出期限を守らないと損害賠償請求の対象となりかねない。

(つづく)

この記事の執筆者

粕谷 幸男

1973年(昭和48年) 税理士登録
1978年(昭和53年) 税理士事務所独立開業
2002年(平成14年)~横浜商科大学非常勤講師(税務会計)
東京税理士会理事、常務理事、日本税理士会連合会理事の他、全国青年税理士連盟、東京税理士会データ通信共同組合等、多くの税理士団体の理事を歴任。東京保険医協会からの依頼を受け、保険医サポートセンターで医師からの税務相談も受ける。
2002年「税理士法人の実務(共著 新日本法規出版)」、「税務行政の改革(共著 けい草書房)」
2004年「租税原理から税制改革を検証(共著 法律文化社)」
2005年「税務援助と税理士法(横浜商科大学 地産研広報)」他、多数執筆。