事業承継税制(1)~税理士業務と事業承継対策業務

2018年度から事業承継税制に追加措置がなされ、「特例事業承継税制」が開始された。今回は当時の話題について取り上げる。

2017年末の税制改正大綱に「事業承継税制」に関する改正が盛り込まれた。この改正の目玉は、会社支配株主が所有する株式の贈与等を受けた特例後継者の贈与税、相続税の全額について納税猶予するものである。ところで、この新事業承継税制について税理士新聞2018年2月5日号の一面トップ記事で、事業承継税制に関する衝撃的な「税理士剥がしの兆し」の言葉が踊っていた。通常、「税理士剥がし」にあったとしても、それに遭遇した税理士には、その理由がみえないのでそのことを認識できないであろう。しかし、本紙が指摘したように「税理士剥がし」が起こりうるので、まず先に、この問題からとりあげてみたい。

税理士剥がしの担い手は

記事によると「営業をかけてくるのは主にコンサルタント会社やFPで、なかには税理士法人もあるという。——後ろには金融機関の影がちらつく。」という。コンサル、FP、金融機関などは、フィービジネスの典型的なビジネスセクターである。フィーはどこからもたらされるのか。

一般的には、事業承継を手掛ける大手の税理士法人であろう。金融機関がする税理士の紹介先は、名が知れた大手の税理士法人で、街の中小税理士法人や個人税理士が紹介されることはめったにないようだ。金融機関の担当者は、サラリーマンであるが故に、紹介先のブランドの安心感を頼りにするためそのような紹介システムが出来上がっているのであろう。しかし、それは表層的な仕組みに過ぎない。現実には、紹介手数料が金融機関や紹介者に渡されていると噂されている。また、大手の税理士事務所から金融機関に税理士を派遣し、金融機関の税務案件を大手税理士法人に流通させるシステムもできあがっているといわれている。

従来、大手の税理士法人は、事業承継税制を利用するのではなく、その代替的なスキームとして会社の株価引下げスキームを提案し、持株会社方式、会社分割等の組織再編、種類株式の活用と金融機関からの株式買取資金の融資を組み合わせて実施してきた。

思い切った優遇税制が創設

事業承継税制は数次の改正を経て、現行の事業承継税制に至っているが、その税制の適用会社数は少ないのが現状である。その原因には、適用要件のハードルが高く、その適用がしにくいと言われその利用を避けてきたことがある。そのような現状を改善するため政府は思い切った優遇税制ともいえる新事業承継税制としてバージョンアップをして、そのハードルを引き下げようとしている。

新承継税制が創設されることを前提にすると、株価引下げスキームは結果として、複雑な会社組織、株式・株主構成、借入負担をもたらしたから、もし、お金をかけた株価引下げ対策を導入していなければ、後継者には、シンプルな株式の贈与等により、新しい事業承継税制を利用することによって、その税負担の納税猶予を享受できることになる。

結果として、金融機関や大手税理士法人等による事業承継代替策は、労多く、費用負担と借入負担の多いスキームとして、その実施を受けた会社に負担を負わせる結果になってしまう。その意味では、現行の事業承継税制の代替スキームを提案してきた金融機関等は、新しい事業承継税制を実施していくには多少脛に傷をもつ担い手といえよう。そこで、事業承継税制の営業の先兵が、金融機関から経営コンサル、FPに代わって、税理士剥がしを仕掛けてくるということになるのであろうか。

税理士業務としての新事業承継対策業務は

新事業承継税制は、承継計画の承認、相続税、贈与税の試算、遺留分対策、税務署への届出書等の手続き及び相談が中心であり、日常的な会社の決算、申告、相談とは一般的には異なった業務といっていい。つまり、新事業承継対策業務と日常業務の守備範囲はバッティングしないと考えられる。それ故、新事業税制を担う税理士と税理士の日常業務が重なり合うことなしに、すみ分けしながら、共存的に税理士業務を遂行できる。そのため、「税理士剥がし」という顧問税理士を排除する本質的な理由は存在しないのではないか。

税理士剥がしの理由は?

通常業務を担当する顧問税理士と事業承継税制を担当する税理士とが共存できるのにも関わらず、税理士剥がしがおこるとするなら、この紹介ネットワークシステムに多く依存すればするほど利益をもたらすもたれあいの構造があるからであろう。

さらに、需要のあるところに供給ありとの経済的な論理があるように、経営コンサルやFPの営業トークに会社代表者が触発されて、顧問税理士剥がしに協力して、大手税理士法人の軍門に下ってしまう。そのことは残念であるが、需要に応えきれていないわけで、納税者の権利利益を守ろうと志向している税理士であるならば、顧問先の想いに応えられていないというジレンマに陥ってしまうことになろう。だとすると、税理士剥がしを誘発してしまいかねない原因を内在させていることになる。

金融機関等と大手税理士法人との紹介料と仕事の確保という利益構造が紹介ネットワークシステムとして確立してしまっているならば、それを打ち壊すことは、困難であろう。

税理士剥がしへの対策

個々の税理士が事業承継税制の内容を理解し、その実践の努力は当然としても、このネットワークシステムを崩壊させることができないとすれば、知恵を絞って対抗手段を構築する努力をする必要があろう。

事業承継税制を適用する手続きの担い手は税理士であるが、経営革新等支援機関としての登録をしていないと、それを進めるのに制約がかかり、依頼された会社に十二分なサービスを提供できない。そのため、その登録をすることを前提としても、事業承継税制は、税の納税猶予の一連の手続きだけでなしに会社経営の継承をするものであるから、そこから派生する相続人間の遺留分対策、後継者の経営者としての経験、知識、リーダーシップと先代経営者とのコミュニケーション、情報共有等へのサポートが必要である。そのため、経営革新機構への登録税理士だけでなく、司法書士、弁護士、保険エージェント、FP、M&A業者等の専門資格者との協同でのサービス提供が必要となろう。このような他の専門資格者との提携と協同組織を構築することができるかどうかが依頼者への需要に応える意味からも税理士剥がし対策の第1のポイントと考える。

第2のポイントは、M&Aである。M&A大手事業者の報酬は売手会社の売却代金の5%で、最低2千万円ともいわれている。成功報酬なので、その報酬が高い理由となっているのであろうが、売却会社の負担も大きい。また、買手会社は、高値つかみと赤字の垂れ流しのリスクが存在しているので、それが避けられる買い物をしたいと考えるのは当然である。そのため、M&Aでは、リスクを早く察知するためにも、売手の顧問税理士から買手の税理士へ変更するのが普通であろう。税理士剥がしとはいわないが、理由のある税理士交代劇が起きる。そこで、信頼できる税理士同士が顧問先会社のM&Aを希望する会社を仲介する組織や会社を設立し、売手会社の経済的な負担を低減し、さらに、信頼できる税理士として、売手会社の顧問税理士がM&A後も継続できるようなシステムを構築することも、税理士剥がしを防ぐ対策になるのではないか。信頼できる税理士同士の共同M&A会社を設立するとして、そこには、維持コストもあるので、共同負担をしてもそれを維持する価値のある組織体を構築できるかどうかがポイントとなろう。

この記事の執筆者

粕谷 幸男

1973年(昭和48年) 税理士登録
1978年(昭和53年) 税理士事務所独立開業
2002年(平成14年)~横浜商科大学非常勤講師(税務会計)
東京税理士会理事、常務理事、日本税理士会連合会理事の他、全国青年税理士連盟、東京税理士会データ通信共同組合等、多くの税理士団体の理事を歴任。東京保険医協会からの依頼を受け、保険医サポートセンターで医師からの税務相談も受ける。
2002年「税理士法人の実務(共著 新日本法規出版)」、「税務行政の改革(共著 けい草書房)」
2004年「租税原理から税制改革を検証(共著 法律文化社)」
2005年「税務援助と税理士法(横浜商科大学 地産研広報)」他、多数執筆。